誰を信じる?(ショートショート)
「……でね、そのネゴシックスがさぁ、私、ずーっとほっしゃん。だと思ってたの! テレビ見てる間、ずーっとそう思ってたの! ほんっと昨日の今日まで知らなかったんだから! だって、顔、すっごい似てるの(笑)。今度テレビで出たら、教えてあげるからね」
 2人で夕食の食卓を囲み、賑やかに綾乃は会話をつづけようとするが、
「………」
「話、聞いてる?」
「………」
 時々、桜木は箸を持つ手もそのままに、一時停止して浮遊する。そういう時は仕事のことを考えているんだろうから特に、邪魔はしないけど。
「……なんかさぁ、結婚2年くらいで浮気する人って多いんだって」
 って、わざと注意を引くようなことを言って、チラッとこちらを確認させたりはする。
「……ねぇ、今何見て浮遊したの?」
「醤油とラー油」
 彼が勤めているのは、食品会社ではない。だが、彼の頭の中の研究科目は常に作動していて、ほんのちょっとしたことが、何かをひらめかせている。そして、そのひらめきから筋道を作っている間、彼の体は一時停止する。というのが、彼の大まかな説明だ。
 もちろん綾乃には、そんな気持ち悪い気持ちが全く分からないので、それを「浮遊」と呼ぶことにして、とりあえず受け入れている。
 そんな不気味な桜木と綾乃は、決して仲が悪いわけではない。だが、寝室が別なのである。それは、2LDKの一室を寝室、もう一室を彼の研究室兼書斎としてあてがっているせいだ。
 彼の部屋に綾乃は一度も入ったことがない。パソコンが置いてあることは知っているが、それ以外にどんな器具が置いてあるのか全く知らない。予想では……、多分、フラスコとか? フラスコを置くかご(?)とか? もしかしたら薬品があるのかもしれないが、興味がないので、好きにさせている。
 そして彼は、ほとんど自室で眠ってしまう。そこはベッドなどなく、とりあえずソファが置いてあるものの、大の大人が寝るには不十分だ。きっと研究熱心なあまり、仮眠の連続で生きている……、もしくは、妻との2人の時間が嫌いでそこへ閉じこもっている……というのが大筋の見方である。
 さて、何事もなかったかのように食事を終わらせた桜木はご馳走様も言わず、立ち上がった。綾乃はそのタイミングを完璧に見計らって、後ろから素早く抱きつく。
「ねぇ……」
「……悪い」
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