誰を信じる?(ショートショート)
 悪いって何!? という気持ちにももう慣れた。きっと彼も年で、あんまり性欲にも興味がないのだろう……。と、分かりながらも、ついつい「浮気してやる!」とムッと思ってしまう。
 彼はそのまま自室へ入ると、戸を閉めてしまった。その後は、お風呂とトイレの時しか自室からは出てこない。何が面白くて、こんなに美人の妻を放っておくのか、全く理解できない。
 しかし、文句を言う相手もおらず、そのまま食器を洗い始めることにした。ここへ越してから、食器洗い機を買ったは良いが、2人分の食器だと洗い機を使うまでもなく、手洗いの方が断然早い。で、結局乾燥機のみとして使用しているのだが、無駄な買い物だったなと食後の度に後悔している。
(今日は何のテレビがあったっけ……、あ、そういえば、慎からメールがきてたな)
 とぼんやり考えていたとき、桜木の部屋のドアが開いた。
「……何? どうしたの?」
 何の用もなく、彼がキッチンへ来るのは非常に珍しい。
「いや……、腹が……減ったな、と思って……」
「えっ!? 今食べたじゃない(笑)。何? 足りなかったの?」
「あぁ……まぁ……」
「あの、今ご飯食べましたよ? 忘れたとか言わないで下さいよね(笑)」
「忘れてないよ。餃子を中心とする晩ご飯を食べた」
「えっと、シュークリームがあるけど食べる? 知ってる? 脳って砂糖で動いてるんだって」
「脳のエネルギー源はブドウ糖だ」
「……で。食べるの?」
「いや……」
 綾乃は食器を全て洗い機の中に入れると、乾燥スイッチを押した。
「あっ……」
 突然背後から胸をわしづかみにされる。
「ちょっ……まっ……」
 そのままテーブルの上に、うつ伏せで上半身を押し倒された。何の前後もなく、無理矢理体勢を変えられた苦しさと、テーブルの硬さと冷たさが体に伝わる。
「はぁ……は、はぁ……はぁ……」
 桜木の変質者のような荒い息が耳元で聞こえ、思わず笑ってしまう。
「ちょっ……ちょっと待ってってば(笑)。ちょっ……なんでそんなに興奮してるの?(笑)」  
「そっちが……誘うから」
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