誰を信じる?(ショートショート)
「でもなんか、そこが新鮮じゃない?」
「そんな結婚が良かったんかよ?」
「うーん……」
「……、まぁいいけど。あっ、そうだ」
 伸は大げさに何か思い出したような素振りを見せると、一度キッチンに入り、すぐに出て来る。
「これやる」
 手渡してくれたのは、小さな黒い箱。包みもしていない。
「何? 開けていい?」
「いいよ。貰い物だけど、気に入ったら持って帰れよ」
 素直に蓋を開けると、中には腕時計が入っていた。白い文字盤の周囲にはガラス玉が輝いているようで、デザイン、大きさ等から見ても、間違いなく女物である。
「これ……」
「ピアジェ。売ってもいいけどな(笑)。生活の足しに(笑)」
「……売るとどれくらいになるの?」
「売るのかよ(笑)。さぁ……、100万にはなるのかなぁ。知らない」
「じゃあこれ、周りの、ダイヤ?」
「何だと思ったんだよ(笑)」
「……。お客さんからもらったの?」
「まぁな。色んな客がいるから」
「ふぅーん。……じゃあ、もし、生活に困ったら売るね」
「(笑)……、そうしろ」
 伸はくるりと向き直り、「あ~、腹減った」とキッチンへ戻った。今の伸にすれば、100万など、はした金なのだろう。
 綾乃は時計を元に戻しながら、伸のホストに対する「物は貰わない」という精神との矛盾をもう一度考え直す。しかし、思い出さなかったことにして、すぐに顔を上げた。
 この時計がわざわざ買ってくれたものかどうかなんて、あまり今の自分には関係がないと信じて。
「ねぇ伸、なんか作ろっかー?」
 その場で大声で呼びかけてみる。
「いいよ!(笑)。どうせ朝も飯作って来たんだろ? 適当にしてろよ」
「……ねぇ伸ー」
「何だよ!」
 冷蔵庫が閉まる音と、フライパンの音がする。
「あのさぁ……」
「何ー? 聞こえない!」
 水分が油にはねる音が聞こえたのと同時に、物が焼ける匂いがする。綾乃は仕方なく立ち上がると、キッチンへ入った。
「あの、前から気になってたことがあるんだけどさぁ……」
「え……。何?」
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