久遠の花〜 the story of blood~【恋】
「――――もど、る」
それを合図に、じわり、足元から這い上がる黒い液体。先程よりも強い違和感に、視線を動かすのも難しいほど。なんとか雅を見れば、その顔は悲痛に歪み、尚も手を伸ばし続けていた。もう、美咲にはその手を掴むことも、声を上げることもできない。だがせめてと、美咲は残っている力を集中させ――口元を、微かに緩めた。
「あああぁぁーーー!!」
「だから言ったであろう? 〝お前では届かない〟――と」
鬼哭(きこく)めいた叫びに、歓喜の声が告げた。
✚✚✚
――賭けるしかない。
今の体では、到底コイツとやり合うことなど難しい。おまけに、これ以上の干渉は本体の危機に繋がるだけじゃない。余計な敵対者を増やしてしまう。――まだ、この体にある制限は消えていない。早くしないと、本当にアイツが壊れてしまう。
「……応じてくれればいいが」
長の関心がアイツらにある隙に、地下へ向かう。長と契約がある今、仮にも主である者に剣を向けることは出来ない。……悔しいが、これがオレの現状だ。
地面に布陣を施し、己の血を混じらせる。使い魔ならこれで一瞬だが、今回は違う。契約はおろか、相手の顔すら定まっていない。オレはあくまで、こっちに来る道を示すのみ。全ては相手次第と言う、なんとも不安な呼びかけだ。
「――――ちっ」
反応が無い。まともに動けないのか、それとも届いていないのか。どちらにしろ、もう一度やって反応が無いなら、オレも助けに――っ。
視界が眩む。足元もふらついてきて、血を流し過ぎたかと思えば、量はいつもより少なかった。思わず失笑した。どうやら、自分でも気付かないうちに、この体は壊れ始めていたらしい。
だったらやることは一つ。次を、なんて考えてる暇はない。ヤツらがどんな状況だろうと構うものか。
懐から、血の付いた布を取り出し布陣に置く。主の血があるとなれば、少しはヤツが来る確率が上がるだろう。
「さぁて。どっちがブチ切れるやら」
だが更に上げる為、決定的なモノを取り出した。親指ほどの小瓶にあるのは、血と混ざる半透明な液体。これは、女が行為に及んだという証拠。それをまき散らし、布陣にありったけの力を込めた。
「あああぁぁーーー!!」
この世の終わりが来たかのような叫び声。途端、地震のように足元が揺れた。成功したかどうか確認する間もなく、頭上から瓦礫が降り注いた。