アジアン・プリンス
(29)プリンスの沈黙
“騎士の間”――そう名付けられた部屋は、本来の広さの5分の1ほどに狭められていた。

千人近くを招待し、夜会を開けるほどのスペースがあり、舞踏会場または立食形式のパーティ会場として使用されることが多い。あるいはスコールの時期、国の公式行事に使われるくらいか。


今宵の客はわずか8名。随所を衝立で仕切られていた。


フロア全体に、総勢6基のシャンデリアが吊られ、天井一面に大勢の騎士が描かれていた。名前の由来はこの天井画だという。

正面、中2階にはオーケストラボックスがあり、晩餐の間中、バッハ作曲『無伴奏チェロ組曲』が演奏されていた。


これはアメリカからの招待客であるティナを歓迎しての晩餐だ。

入場の際、レイはティナをエスコートするため、正面ドアの前で待っていた。遠目にも表情は固い。数時間ぶりにふたりは顔を合わせ……その瞬間、ティナの動きが止まった。


(どうして? じゃあ、ミスター・サトウの言葉は真実だったの?)


レイの右手首にアズライトのバングルがあった。それは、ほんの30分前まで、ティナの手にあったものだ。

サトウはレイの命令で、例のバングルとエメラルドのブレスレットを交換したい、そう言った。俄に、信じられるものではない。しかしティナは、バングルをはめて晩餐会に出席することを躊躇していた。

レイの役に立ちたいのであって、足を引っ張ることだけはしたくない。

その思いから、ティナはレイの手によりはめられたバングルを自ら外した。そして、緑のブレスレットを付けたのだ。


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