アジアン・プリンス
サトウの命令が偽りなら、レイは激怒するかもしれない。

でも、その時はサトウに言われたのだと、説明すればいい。


だが、バングルがレイの手にあると言うことは、サトウの言葉に偽りはなかった、ということだ。


レイはまるで表情を見せず、静かにティナの右手を取った。

深い紺碧の瞳は、凍りつくようなアイスブルーに煌き、彼女の手首を一瞥する。そのまま無言で、“騎士の間”に入場したのだった。



晩餐会は終始険悪なムードで進んだ。

かろうじて盛り上げてくれたのは、アンナの母、プリンセス・ルシールくらいだ。彼女が気遣い、ティナをはじめ、アンナやソーヤの若い者に話しかけ、場を盛り上げようとしてくれる。

だが、主催者であるはずのレイは、淡々と食事を進めるだけであった。


そして食事が終わり、衝立の向こうに用意された舞踏会場へと全員が足を向けた。

フロアの壁際にテーブルが置かれ、ディジェスチフ……食後酒がふるまわれる。

ティナは用意された中から、1930年代のシャトー・ディケムを選んだ。フランス・ソーテルヌ地方で作られた最高級の貴腐ワインである。

そして、芳醇な甘味を持ったデザートワインとは対照的に、塩味のブルーチーズ「ロックフォール」が添えられていた。ほとんど臭みはない。

だが、ティナはアオカビのチーズは苦手なのでそれを遠慮し、ワインをひと口、喉に流し込んだ。


< 130 / 293 >

この作品をシェア

pagetop