アジアン・プリンス
レイの婚約者の名前が確か、ミサキ・トオノと言ったはずだ。

そんなことを思い出しつつ、ティナはもう一歩踏み出す。すると、寝室の中が見えて……。


ふたりはソファに腰掛けていた。

ストレートで真っ黒な髪が見える。長さは肩までで綺麗に切り揃えられていた。ふと見えた横顔は、女性というより少女と呼ぶほうが相応しい。アジアン特有の幼さが垣間見える。

彼女は口元を白いレースのハンカチで押さえ、レイはそんな彼女の肩を抱き、顔を覗き込んでいた。


「ごめんなさい。わたし、こんなことになるんなんて思わなくて……。あなたしか、もう頼る方はいないんです」

「わかっています。私には、あなたを守る義務と責任がある。もっと早く頼ってきてくれたら良かったのです。さあ、そんなに泣いてはお腹の子供によくない。あなたは安心して……誰だ!」


突如上がったレイの厳しい声に、ティナは息を飲む。

レイはミサキを庇うように立ち上がり、素早い動作でソファを飛び越えた。


「ティナ……。なぜ君がこの場所にいるんだ?」


それは、これまで1度も聞いたことのない、レイの声だった。動揺とわずかな怒り……うろたえたレイの様子に、ティナはひと言も発せず、踵を返す。


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