アジアン・プリンス
これでも、2000キロ四方を海に囲まれた海洋国家のプリンスだ。15分程度の潜水なら難なくこなせる。多少血が薄まったとはいえ、レイも海の男だった。


彼はプールに浸かったまま考えていた。そのほとんどは後悔だったが。

サトウにはあんなふうに答えたが“それだけ”でないのは、最早明確な事実だ。ティナに向かう欲望を抑えるため、プールに飛び込み、熱を冷ますつもりだった。

まさかそこに彼女が現れるとは考えてもいない。


『――おかえりなさいませ』


あのひと言は、見事にレイの体に火を点けた。打ち上げを待つ花火のように、導火線に火が放たれ……どうしても、自分を抑えることができなくなった。

水中なら誰にも見られることはないだろうと、そんなずるいことまで思いつき……。

もし、あのまま彼女を抱けるなら、溺れ死んでも悔いはなかったくらいだ。


だが、レイの炎はティナに燃え移ってしまう。

彼女をその気にさせたのは間違いなくレイ自身だ。これが新月の夜の気まぐれでなく、恋という形になった時、彼女はアメリカに戻さなければならない。


レイは胸が苦しくて堪らなかった。

20キロの遠泳をこなした時より辛い。日頃抑え続けている女性に対する欲望――ティナに向かう熱情をレイはそう捉えていた。

これほどの熱い想いの呼び名を、彼はまだ知らなかったのである。


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