沈丁花
彦五郎宅にて

「歳三遅いねぇ。」

のぶは溜息を漏らしながら彦五郎に顔を向けた。

「拗ねて何処まで行ってんのやら。」

すると、門の方から聞き慣れた声色が聞こえた。

やっと帰ってきた、と安堵しながらのぶは門へ向かった。

「早く上がりなって。今日は泊りなさい。」

土方はよっぽど不機嫌なのか、頷きもせずに門をくぐった。

だが、土方の動きが妙だったのだ。

(歳三…。ずっと拳を握っている…。)

土方は両手の拳を握ったまま颯爽と歩いていった。

のぶは拳の真相を直ぐに追求したいのだが、今の土方に下手に話しかけるのは止めておきたい。

仕方なく土方の泊まる部屋の用意と風呂の準備をするのだった。

ーーーーー

そんな日が毎日続き、土方は遅くに帰ってきては拳を握ったまま。

一週間も過ぎ、ついにのぶは土方に口を開く。

「歳三。なんでいつも拳を握ったまんまなんだい?」

朝出かける用意をしていた土方の動きが一瞬止まり、再び動き出した。

「…何もねぇよ。」

のぶに背中を向きながら呟くように応えた。

のぶは自分の弟が何のために拳を握るのか、皆目見当がつかない。

疑惑を抱いたまま、土方はいつものように出かけて行ってしまった。

はぁ、と溜息をつくと彦五郎がのぶを呼び止めた。

「貴女も気になるかい。」

「彦五郎さんもお気づきで。」

彦五郎は顔をしかめて考え込む。

「歳は素直じゃないからな。理由は時が来るまで言わないのだろう。」

「時…ですか。」

「長く待とうや。」

彦五郎はいつもの微笑みでのぶに振り返った。
< 14 / 18 >

この作品をシェア

pagetop