櫻の贄
代々決められた事だから、こちらは気が進まなくてもやらなくてはならない。

本当はやりたくはないのだが、やらなければ向こうが不安になるのだそうだ。

結婚も決めなければならない時期だったし、

同胞の中から見染める事も出来ずにいたから、やむをえず一人を選んだ。

やって来た日の事は鮮明に覚えている。あれは晴れた満月の日だった。

肩まで伸びた黒髪に、怯えたような同じ色の目。

恐らく彼女はもうすぐ死ぬことへ恐怖しているのだろう。

人間の間ではまだ我々異形の者が人を喰らうと信じられていると聞いた事がある。

それはもう大昔の話だと言うのに。

白い装束に身を包んだ彼女はぼろぼろと涙を流し、命乞いをしだす。

“どうか助けて下さい”と。しかし俺にはどうする事も出来ない。

だから今は俺に出来る事をやるだけだ。せめて少しでも苦しむ事がないように。


「すまない」


そうして近くの布団へ彼女を倒した。
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