佳き日に
[2]
ドォオォォォォと、籠るような音が聞こえ、足下が大きく揺れる。
この、重々しい物体が必死で走っている感じが鉛丹は嫌いだった。
「なんで福島なんていう田舎にわざわざ新幹線使っていかなきゃなんないんだよ。」
目の前を通り過ぎる新幹線を忌々しそうに見つめながら鉛丹はぼやく。
肩にかけている大きめのスポーツバックは、いつものことながら重い。
投げ捨てて置いていきたくもなるが、大事な仕事道具が入っているのでそうもいかない。
チッと舌打ちしたいのを堪えた。
舌打ちは弟の桔梗が嫌がるからだ。
「関東圏では少し目立ちすぎましたから、一旦身を隠すんですよ。」
我慢して下さい、と桔梗は鉛丹を睨みつける。
「どーせ身を隠すんだったらよ、海外行こうぜ、海外。」
「行くなら兄さん一人で行って下さい。」
「なんだよ一緒に行こうぜアメリカとか。」
「バカなこと言ってないで早く乗って下さい。」
渋々新幹線に鉛丹は乗り込む。
この座席がきれいに整列した感じも、なんだか嫌だ。
鉛丹と桔梗が車両内を進む度に、チラチラと何人かがこちらを訝るように見てくる。
それもそのはず、今は平日の日中。
そして鉛丹と桔梗は15歳と14歳だからだ。
普通なら学校にいるはずの年齢の男の子二人が、何でこんな昼間に新幹線に乗っているのか。
理由は簡単で、彼らは学校に行っていないのだ。
行っていない、というよりは、行けないのだが。
鉛丹と桔梗は戸籍がない。
二人はこの世界に存在しない、ということになっている。