佳き日に




『まもなくー、二番線、福島行きがー、発車しますー。』



車内でアナウンスが聞こえる。

鉛丹と桔梗はようやく指定された席を見つけ出し、腰をおろす。

今までだって、生きていく上で必要最低限のことは教えてもらってきた。
戸籍がなくたって金を払えばいくらでも偽装の身分証明書を作ってもらえた。

それでも、鉛丹は何度も同じことを考えてしまう。


「桔梗。」


弟を呼ぶ。
偽装ではない、本当の弟の名前を呼んだのはわざとだった。

「今はトオルです。」

窓の方からこちらを向いて、桔梗はしかめっ面をする。
真面目だな、と軽く笑って受け流す。

「いいじゃんよ。もう新幹線に乗ったんだから、怖い奴らはいねぇよ。」

鉛丹のその言葉に、桔梗は嫌そうな顔をする。
怖い奴ら、という言い方が気に食わなかったのだろう。
桔梗は鉛丹以上に負けず嫌いだ。

桔梗が頭にかぶっている毛糸の帽子を手で触る。
機嫌が悪いとき、心を落ち着かせたいときの桔梗の癖だ。

鉛丹はそれに気づきながらも話しかける。



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