佳き日に




[2]



「重力ピエロ?」

やばい、と鉛丹が思ったのは柳琥珀がそう言って吹き出した後だった。

横からは桔梗からひじを食らわされうげっ、と声を出しそうになる。
横目で見たら桔梗がこっちを睨んでいた。

「琥珀さん、残念ながらこれが本名なんです。」

桔梗が上手いこと言ってくれて助かった。
鉛丹は運ばれてきた水を飲みながら心の中で安堵する。

それでも桔梗はまだ怒ってるらしく、その後の会話でも言葉の端々に棘が含まれている。
今回のミスはしょうがねぇだろ、と鉛丹は一人心の中で弁解する。
いつもとは違いかなり突発的な計画で偽名までは考えていなかったのだから。
柳琥珀に名前を尋ねられた時、咄嗟に口をついて出てきたのはこの前借りてきた映画に出てきた2人の兄弟の名前だった。

まさか柳琥珀があの映画を知ってるとは。
いや、あの映画の原作は小説だったはずなのでそちらを読んだのかもしれない。
どちらにせよ、柳琥珀に偽名がバレそうになったのは予想外だった。
疑われるのはまずい。

そんな鉛丹の心の焦りなど露程にも知らず、柳琥珀はのんきにメニュー表を広げていた。

「えーと、じゃあ、泉くんと春くんは何食べたい?」

カラフルに描かれたメニュー表を見て鉛丹は桔梗は戸惑う。
普段は見つからないように隠れて生活しているため、このような店に来たのは初めてだった。
何を頼めばいいのかよく分からない。

固まった桔梗と鉛丹を見て柳琥珀は少し首を傾げたが、すぐに合点がいったのかあぁ、と呟いた。

「もしかしてこの店初めて?」

「・・・・。」

鉛丹と桔梗は黙って頷く。
まさか来たことがない理由が監視カメラのある店はメモリーズにとって都合が悪いから、などとは言えない。

「そっかー。じゃあグラタンとかは?美味しいよ。」

「じゃあそれでお願いします。」

「俺も。」

一応柳琥珀にオススメされたものを頼んでおく。
ボタンを押せばすぐに店員がやってきた。
普段行く物騒な人達が集まる店では見ない光景なので少し新鮮だった。


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