結婚したいから!
仕事がうまくできていないって、自覚があるからこそ、来たくなかった。

年末には、必ず催されるらしい、忘年会とやらに。


前に勤めていた竹田建設では、毎年、社長夫妻とお寿司を食べることが仕事納めの習慣だった。

でも、萩原コンサルティングサービスは、社員が多いから、各部署ごとに、仕事納めの飲み会があるみたい。当然、わたしの所属しているマリッジ部でも。


忘れてるわけじゃない。あの、悔しい気持ち。

「まだ1組もまとめられないくせに、えっらそー」って、軽く言われたあの一言は、わたしの中では重い。

今回は、ずいぶん離れた席に、あのふわふわ頭が見えて、安堵する自分にも、ちょっとがっかりするけれど。


この頃では、失恋で受けた痛みに対して、見て見ぬ振りが上手になったようで、仕事にも意識が向くようになっている。

そうすると、理想通りには仕事が進んで行かないことに、ジレンマを感じる毎日を送ることになった。
目の前で、課長やそのほかの同僚に、成績を褒められている同期の姿には、本当にわたしのやり方でいいんだろうかって、疑問を持たざるを得なくなるから。

かといって、香山くんみたいに、とにかく次々に複数の人を並行して紹介して、相性が良くないと判断した組み合わせはこちらから間を裂く、という方法が、わたしにはどうしてもできない。

だから、結局、自信がないくせに、他に方法がないから、というかなり消極的な理由で、相変わらずの接客を続けている。

一人の人に、一人の人を、じっくり選ぶ。両方の話を、時間をかけて、ゆっくり聞く。


気長に待ってくれている部長さんや、理央さんのためにも、いやいや、何より自分のためにも、まずは一組でもいい、幸せそうなお客さんの姿を見たいなあって、思ってる。


「よっ、万年ボウズ」


…放っておいてほしいのに。どうしてわざわざ意地悪言いに来るんだろう。

ボウズって、釣果がないってことだよね。成績悪いぞってことなんだよね。

聞こえなかったことにして、理央さんの席に行こうと立ちあがると、腕を引かれて、座敷に尻もちをついた。

「もう!触らないで!」
無神経なふわふわ頭をした男を、睨みつけるけれど、全く効果はない。

「ボウズちゃん、座って座って」って笑いかけてくる。


「何?ちょっと腕つかんだくらいで、怒ってんのー?そんなんだから、男女の機微とかわからないんじゃない?」

ずっきん。

「おっかしいなー。俺より、いくらかお姉さんのはずですよね、九条先輩」

ずっきん。

わざと敬語を使って先輩呼ばわりしてくる香山くんを見て、だから、来たくなかったんだって、思う。仕事中なら、まとまった時間話すことはほとんどないから、ちょっとの嫌味くらい知らん顔できるのに、飲み会ではそうもいかないから。

10月の歓送迎会で、香山くんに言われたことの数々が、結構痛かった。

どうして、仕事の成績だけじゃなくて、私自身のことにまで、口出しされなきゃいけないんだろう。

そう思うけど、近頃の自分を見てると、香山くんの指摘も、一理あるような気がしてくるのが悔しくて、うまく言い返せない。

香山くんより年上のくせに、男女の機微なんて、わかってない感じは、確かに、する。「あれ?泣いちゃったりする?」

もう、どうしてこの人って、こんなに意地悪なんだろう!!

「泣いてない!」

唇がふるふると震えるのを、抑えるのに必死だった。


「香山」


綺麗な声なのに、香山くんが硬直したのがわかった。

「グラス、空けて」

隣に立っているのは、やはり理央さんだった。なぜか、香山くんだけは呼び捨てにする理央さん。さらには、なぜか、理央さんには大きな態度をとれない香山くん。

「はーい」って大人しくグラスを空にして、理央さんに差し出している。

「私、香山の成績はそれなりに評価してるけど、やり方は大嫌いなの」

「はあ、すんませんね」
「散々飲ませても、なかなか潰れないしね。何かとかわいげがないんだよね」

「そりゃ、どーも」

理央さんがなみなみと注いだビールを、確かに水みたいに、香山くんはごくごく飲んでいる。

「私が育ててる海空ちゃんのやり方に口出ししないでね。今つぶされると困るから。だいたい、香山、そこまで図に乗れるほどの成績でもないでしょう」

「……」

理央さんって、すごい。威圧的な口調でもなく、さらっと話してるだけなのに、あの香山くんが、とうとう黙り込んだ。わたしまで黙り込んじゃったけど。

言っていることは、厳しくともすべて正論で、もとより、常に成績トップを走っている理央さんだから、香山くんだって、文句が言えるはずもないのだけれど。


「石原さんも、かわいくないっすよね。でも、抱いたときにはどんな顔するのかなーって興味があ」

「部長!香山がセクハラします!!」

「はははは、そういう興味なんて、ぜーんぜん、ありませんからー」

理央さんの声に、「部長さん」が、上座からふと、視線をこちらに流すだけで、香山くんは発言を翻した。調子のいい奴め。
「俺、課長に挨拶に行ってきまーす」

情勢を見て、あっさり、逃げる香山くん。

はあ。無意識のうちにため息が漏れて、理央さんがくすっと笑う。

「結構、気にしてるんでしょ」

香山くんに言われたことや、成果がちっとも上がらないこと。理央さんの言う通りだ。

「はい…」

理央さんや、「部長さん」が根気強く待ってくれる一方で、「いつになったら独り立ちできるの?」って、香山くんのように嫌味を言ってくる人もいる。それも、もっともなことだと思う。

同じ時期に仕事をはじめた香山くんが、仕事を器用にこなしているから、わたしの不器用さが際立つのは間違いない。

この仕事を教えてくれた理央さん、勧めてくれた「部長さん」に、申し訳ないって言う気持ちもある。今のところ、職場では「部長さん」が、父親だと言うことは伏せてあるけれど、ふがいない娘を見てどう思うんだろうって、気になってもいる。


なにより、わたしが担当になってしまった、お客さんたちに、申し訳ない。
「でも、海空ちゃんのお客さんからクレームがついたことって、一度もないんだよね」

「え?」

「香山は、何件もあるよ。まとまる数も多いけど、もめる数も多いからね。正直、どっちが会社のためになるかはわからない、って私は思ってる。

海空ちゃんは海空ちゃんらしいやり方を続けてみて。私、個人的に楽しみにしてるんだ」

「は、はい!」

ずっと、楽しそうに仕事をする人だって、憧れていた。顧客だった頃から、ずっと。その理央さんに、楽しみにしてるって言われた!

何の成果も上がってないってことが、吹き飛ぶくらい嬉しくて。

もちろん、どうやったら、その期待に応えられるかなんて、全然わからないけど、理央さんと飲んだお酒が、ずいぶん美味しかった。年末年始、母は仕事だったけれど、わたしは実家に帰った。理央さんの一言のおかげで、長期連休を、少なくとも仕事のことでは、落ち込んで過ごさなくて済んだ。

自分の部屋で、祥くんが眠っていたベッドや、一緒に遊んだトランプを見たときには、胸がしつこく痛んだけれど、もう食べたものがのどを通らないことはなかった。

いつも通り、古い友達に会ったり、びっくりなことに、父が遊びに来たり、ゆっくりと充電する日々を過ごして、東京に戻った。
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