愛は満ちる月のように
だが、そんな悠の男心が美月に伝わるはずもない。


「いいえ、大丈夫よ」


にっこり笑って断られる。

それも当然。年齢相応に、着飾ったほうがいいと薦めたのは悠だった。

だが、五千円程度のワンピースを美月が着るとオートクチュールの一点物に見えるのはなぜだろう。

それも、信じられないほどセクシーだ。

今の彼女に誘惑できないのは、駅前に立っている昔話の銅像くらいではないだろうか?



「あれ? やだ、一条さんじゃありませんか?」


女性に名指しされ、悠は慌てて振り返った。

もちろん、美月に見惚れていたことを指摘されたくない、という後ろめたさからだ。


「こんな時間にこんな場所で……珍しいですね。お仕事ですか?」


一瞬、誰か思い出せなかったが、話すうちに記憶に浮かんでくる。

地方テレビ局のアナウンサーで、一年ほど前、二~三度付き合って別れた女性だった。たしか、結婚間近で最後のアバンチュールとかなんとか……楽しみたいと言われて、悠も気軽に応じた。


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