愛は満ちる月のように
「それは……誰かが君の考えを変えたのか? 言っておくけど、那智さんは君のものにはならないよ。彼はおそらく」

「ユウさんが変えたのよ……」


悠の言葉を遮った内容に、驚いて息を飲む。


「セックスの気持ちよさを教えてくれたじゃない。男性に触れられることも、触れることも、素晴らしい経験ができるって知ったわ。精子バンクという方法じゃなくても、私にも子供が持てるかもしれない……ね? そうでしょ?」


後悔と嫉妬を上回る思い。息が詰まるような苦しさと、胸が痛くなるような切なさ。


(そうだ。彼女の言うとおり、僕が望んだ。精子バンクなんて、やめさせたかった。ちゃんと恋をして、彼女に相応しい夫を見つけられるように、と。セックスに怯える美月に、抱き合う楽しさを教えられたら、なんて……)


悠はこのとき、心に浮かんだ美しい月をわざと否定した。

心の目を閉じ、いいことも悪いことも見ないふりをして美月に手を伸ばした。


「ああ、僕もそう思う。今度はもっと危険なシーンを楽しんでみようか? たとえば」


彼女の返事を聞く前に抱き寄せ、口づける。

柔らかい唇を何度も食(は)むように味わう。ささくれ立った悠の神経は、まろやかな吐息で蕩けてしまいそうだ。


躊躇っていた美月の手が、しだいに悠の背中に触れ……やがて、ぎゅっと抱きしめた。


五分もあれば自宅まで戻れる。こんなところで、もし監視カメラでもあれば……。チラッと浮かんだ理性の警告にまで目隠しをして、ふたりは本能のまま求め合った。


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