愛は満ちる月のように
真を見続けているのが辛くて、美月はベンチから立ち上がった。

シマウマを見るフリをして、彼らから少し離れる。



「一条……美月さん?」


ふいに名前を呼ばれ、美月は警戒を露わに振り返った。

だが聞こえてきた声は女性。それもおそらくは三十代後半、美月にすれば継母に近い年代だ。


「失礼ですが……」

「ああ、ごめんなさい。私は遠藤沙紀(えんどうさき)といいます。知り合いの子供さんの付き添いで来たんですけど……子供にはとても追いつけないわ」


沙紀はサービス業を思わせる人懐こい笑顔で美月に話しかける。

薄化粧だが顔の作りが派手なせいか華やかな印象を与える女性だ。若々しいといえば聞こえはいいが、色っぽい、ともすれば妖しい色香を漂わせていた。

美月は彼女が夜の商売をしている人間だと思いつく。

敵意めいた危険なものは感じないが、沙紀は『一条美月』の名前で声をかけてきた。

それを知っているということは……。ここ数日の間に知り合った人たち以外では、桐生に繋がる――敵だった。


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