愛は満ちる月のように
父は母と出会う十年以上前、大学生のときにひとりの女性と結婚した。

五歳年上の看護師で、一条の祖父母の反対を押し切り入籍。しかし、結婚から一年も経たず、ふたりの結婚生活は破綻した。

――十一年前の悠が知っていた父の“最初の結婚”はこの程度だ。


相手の名前は遠藤美和子という。彼女が父と結婚した目的は一条の財産だった。祖父の調査でそれが判明し、祖父は金を積んで離婚届にサインさせた。

ところが、妻を信じようとした父は離婚届を破り捨ててしまう。そのせいで、再びサインさせるために更なる金と半年あまりの日数を要したのである。

離婚が成立した二年後、父は予定より長くなったアメリカ留学を終え帰国した。

親友と共同出資で法律事務所を開こうとしたとき、戸籍に記載された子供の存在を知る。

その子供が『沙紀』だった。



「それは“離婚後三〇〇日問題”かしら?」


悠は黙ってうなずく。

離婚後三〇〇日以内に生まれた子供は前夫の子供と推定される、というヤツだ。

沙紀は離婚の成立か約八ヶ月後に誕生していた。出生届を出すと、嫡出推定を受け、自動的に前夫の戸籍に入る。海外に出ていた父はそれに気づかなかった。

すぐに嫡出否認の訴えを起こし、離婚の係争中であったことから比較的容易に認められた。


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