愛は満ちる月のように
そこまで言ったとき、千絵は美月の身体を柵に押し付けてきた。


「ちょっと……やめなさい。危ないじゃないのっ!」


柵は美月の腰くらいの高さしかない。

一方、柵の反対側は五メートルくらいの高さがあり、生い茂る雑草と大きめの石が見えた。落ちたら無傷では済まない気がする。

しかし、平日で通る人は少ないが全くいない訳ではない。近くには交番もあった。普通ならこんな場所で乱暴を働くとは思えないが……。

あらためて千絵の顔を見て、美月はギョッとする。それはとても普通の精神状態とは思えない形相だった。


「なんなのよっ! ユウさんユウさんって……。聞こえよがしに……桜フェスティバルのときだって……」

「ち、ちがうのよ、ごめんなさい、つい」

「あなたよ……あなたがやって来たから……困るのよ。一条さんと別れる訳にいかないの。あなたさえいなければ……」


たとえ美月がいなくても、悠が千絵と結婚するとは思えない。だが、今それを口にすることは躊躇われる。

美月は千絵を押しのけ柵の間際から逃れようとした。


「……きゃ……」


美月が避けたため、逆に千絵が柵の向こう側に飛び込む勢いで突進する。


「危ない!」


慌てて美月が手を差し伸べる。千絵の腕を掴み引き戻し、美月は自分自身の勢いを止めるため柵に手を伸ばす。

その手が空を掴み――ふいに視界が傾いた。


< 260 / 356 >

この作品をシェア

pagetop