愛は満ちる月のように
手を止めて美月は尋ねる。


「桐生のこと?」

「気づいてたのか?」

「だって、あの無言電話が植田さんなら……。桐生の関係者は、わたしの近くにはいないような気がするわ」

「今の桐生は最低限の警戒でクリアできそうだ。少なくとも、君がボストンに住む限り、危害を加えられる心配はないだろう。注意すれば、東京の家族に会いに戻っても大丈夫だという。代替わりしている上に、野心を持った政治家が育たなかったんだろうな」


悠のまなざしは消沈していた。

プラスの波動もマイナスの波動も感じられない。心の中が真っ暗闇のようだ。


「知ったのはいつ?」

「大阪に行った日だ。僕は君を抱くために、嘘をついた……汚い男だ。ああ、沙紀に似合いだな」


沙紀の名前が悠の口から零れた瞬間、美月はふたたび手を動かし始めた。


「み、みつ、き……!?」


悠が驚くのも無理はない。


「沙紀にはやらない。わたしなら、あの女には負けないわ」


言うなり、美月の唇は悠の躯に触れた――。


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