愛は満ちる月のように
通報を終え、美月は手元の携帯電話をピッと切る。 


「お望みどおり警察を呼んで差し上げたわ。五分ほどお待ちくださるかしら」

「……それで私に勝ったつもりなの?」

「なんのことかわからないわね」


沙紀はクスクス笑いながら立ち上がる。


「ユウくんも可哀相に。私との関係を周囲に知られたくなかったでしょうに……。無神経な奥さんのせいで台無しになってしまったわねぇ」

「問題をすり替えようとしても無駄よ。おとなしくお迎えを待つのね、不法侵入者さん」


美月の冷ややかな返答に沙紀の笑い声がピタリと止まる。


「不法侵入になるの? まあ、知らなかったわ。だって弟の家で弟夫婦の帰りを待っていただけですもの」


沙紀の常套手段だった。『知らなかった』『気づかなかった』そう言って素直に謝罪してもう二度としないと泣くように言う。凶器を持っている訳でも、何かを盗んでいく訳でもない。

そしてまた思いがけない場所に姿を見せては同じことを繰り返す――。

常に見えないロープが首に巻きついているような感覚。それはじわじわと悠の心を疲弊させていく。

鬱屈して口を閉ざす悠の傍らで美月が答えた。


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