愛は満ちる月のように
タオルを一枚掴んでバスルームから出たとき、玄関で靴を履く遥を目にする。


「もうこんな時間だ。フロントに連絡してハイヤーを呼ばせよう。ホテルを取ってるならそこまで、決まってないならどこか……」


そう声をかけたとき、遥は振り返って笑った。


「ほらね、悠さんてこんなでしょう?」

「……?」


遥の言葉の意味がわからず、悠は何も答えられない。


「いきなり訪ねてきて、頭から氷水をぶちまけた失礼な女にでも、こんなに優しいんですもの」

「コレは……僕が不埒な真似をしようとしたせいだ」

「あなたのおっしゃるとおり、私は何もわからない少女じゃないわ。ひとり暮らしの男性の家を夜中に訪ねる意味ぐらい知ってます」


ふいに遥が従妹ではなくひとりの女に見えた。

そう思うと、悠は訳もなく居心地の悪いものを感じ始める。


「あなたが、他の女性の名前を呼んで私を抱き締めようとしなかったら……きっと、抱かれていたと思うわ。美月さんて、奥様なんでしょう?」

「……ああ」


< 307 / 356 >

この作品をシェア

pagetop