愛は満ちる月のように
その桜もこの場所にいる。桜だけでなく、家族みんなが揃っていた。


「ご家族総出で何かしら?」

「仮にも、父の娘だと名乗るなら、その父親が倒れたんだから見舞いに来るべきなんじゃないの!?」


桜は沙紀を睨んで怒鳴りつける。

病室だから声のボリュームを下げて、と後ろから引っ張る役が末っ子の紫だった。


「あら、そう思うんなら教えてくださればよかったのに。私はユウさんが来てくれるまで知らなかったのよ」


ふふん、という顔で沙紀はあっさりと桜を返り討ちにする。


(こうして見れば……美月は凄いんだな。この沙紀とやり合って言い負かすんだから……)


悠は目の前のやり取りを、どこか達観する気持ちで見ていた。以前なら些細なことも気になり、この場にいることすらできなかったかもしれない。

だが今の悠にとって、心の大部分を占めるのは美月のことだけ……。

さすがに父が倒れたときは焦ったが、それ以外はどんなことにも、これまでのような切羽詰まった感情が湧いてこない。


(ああ……前に那智さんが言ってたのはこういうことか)


――自分から檻に入って逃げられないと言っているだけだ。鍵はかかってない。いつでも出られる。


(頭の中が美月だけになったら……魔女も檻も見えなくなった。僕は自分で、この魔女に囚われたと思い込んでいただけなんだ……)


悠はしみじみと自分の感情を分析していた。


< 318 / 356 >

この作品をシェア

pagetop