愛は満ちる月のように
だが、沙紀や桜はそれどころではないようだ。


「明日退院なんですって? よかったわ。お父さんには少しでも長生きしていただきたいもの」

「私の父よ! “お父さん”なんて呼ばないで!」

「それが嫌なら、ちゃんとDNA鑑定を受けていただきたいわ」

「四十年も前に裁判で決着のついてることじゃない! あなたもあなたの母親も最低! 人間のクズだわ。地獄に落ちればいいのよ」

「やめなさい、桜さん! そんなことを言うものじゃないわ」


娘のあまりに過激な言葉に、母が止めに入る。

だが桜のほうはとても素直に受け入れられず……。


「でも事実じゃない! 金の亡者で最低の人間だものっ」

「あら? あなたの婚約者と寝たこと、まだ怒ってるの?」


沙紀はカラカラと笑った。


悠はとっさに現実に引き戻された気分だ。唖然としたまま……。


「貴様……そんな真似をしたのか? どうして……」

「どうして? 可愛い妹のために、男の本性を暴いてあげただけじゃない。結婚前にわかって幸運だったわね」


たしかに、この沙紀の誘惑に乗る男なんてろくでもない奴だ。桜の結婚相手に相応しくない。とりあえず、自分のことは棚に上げて悠はそんなことを考える。

だが、桜が傷ついたことを思えば……。


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