愛は満ちる月のように
四十年前の裁判で、親子関係はない、と決着がついている。沙紀の母親もそれを認めており、今さら鑑定を受けて証明する義務はない。父は一貫してそう主張していたはずだった。

沙紀が本気で一条聡を父親だと信じているとは思えない。彼女はあらゆる不幸の理由を、父から否定されたことにすり替えているだけなのだ。

亡き一条の祖母であったり、叔父の匡であったり……一条に関わることで、沙紀は楽をして金を手に入れることを知ってしまった。父が懸念していたのは、おそらくそのこと。

怠惰に慣れた人間は、怠惰であることに全力を注ぐようになる。

――今の沙紀だ。

彼女は悠の周りに徘徊することや、逮捕を免れる手段……悪知恵ばかりを駆使する。

千絵の件もいい例で、沙紀は決してそれだけの努力を過去から決別する方向に向けようとはしない。



「待ってくれ。そんな、今になって……。父さんは、理不尽な要求には決して妥協しないんじゃなかったのか!?」


悠は父に向かって怒鳴っていた。

自分のせいだということはわかっている。いつまでも悠が決着をつけられないから、とうとう自分でどうにかしようと思ったのだ。でもそのやり方は……父らしくないと思った。

父ならもっと辛辣で、完膚なきまでに沙紀を叩きのめす手段を講じるはず……。


(そうでないと……そうでないなら、僕は)


父の返事に動きを止めたのは沙紀も同じだ。

そして、そんな彼女に向かって言った父の言葉は、俄かに信じがたいものだった。


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