愛は満ちる月のように
「人生のどこで間違えたのか……大きな過ちに気づき、夏海と悠を取り戻したときに、人生の軌道は修正したつもりでいた。だが、違ったんだ。私は四十年以上も前だが美和子に……君のお母さんに裏切られたことがショックだった。だから君の存在は、目障り以外の何ものでもなかった」


父は数回、幼い沙紀を目にしたことがあるという。

離婚のときに美和子が父から引き出した金額は相当なものだった。

だが……沙紀の件で顔を合わせたとき、美和子は一文なしに近かったという。男に騙された、詐欺に遭ったと口にしたらしいが、父には関係のないことだった。

そのとき、倫理観などまるで持たない母親のもとで、沙紀がまともに育つはずもない。父はそんな感情を抱いたという。

美和子はその後も何度かわずかな金を借りに来たらしい。だが、父はすべて拒否した。やがて、美和子は姿を見せなくなった。


「どこまで堕ちていたとしても、自業自得だと思った。美和子も、そして君も。君を助ける義理は私にはない。罪の報いだ……思い知ればいい、と」


父は吐き捨てるように言い、短い時間、目を閉じた。


「だが、考えることがなかった訳じゃない。とくに、自分が子供を持ってからは……。美和子の娘はどうなっただろう……知らなかったとはいえ、二年近くも戸籍に入っていた“娘”だ。だが、私は人生のリセットを済ませたつもりだったんだ」


(父さんは何を言いたいんだ? いったい、沙紀をどうする気なんだ?)


悠は尋ねたいのだが、口を開くことすら躊躇われる。

重苦しい空気が病室の中を漂い……そのとき、


「沙紀、君がそれほどまでに私を父と呼びたいのなら……私の娘になるといい」


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