女王様のため息


その週の終わり、研修部からある資料が回ってきた。

定時後の気持ちが少し抜けている時間帯、残業前のコーヒーを飲みながらその資料を読んでいた。

表紙には、『新人研修報告書』と書かれていて、この前私が檀上で総務部の業務説明を行った研修の報告書だった。

まだ研修は続いているはずだけど、社内の部署説明に特化した報告書は結構早く作成されて各部署に手渡されている。

ふーん。

肩を竦めてぺらぺらとめくっていると、各部署の説明に対する新入社員達の感想が書かれていた。

記名必須だという事もあり、ふざけた事は書かれていない真面目な感想が続いた。

設計部への感想がやはり圧倒的に多くて、この会社の花形部署だと改めて実感する。

『是非相模さんのもとで働かせてください』

というコメントも多くて、何年か前の司の必死な顔が思い出される。

あまりにも素直というか、直球で自分の気持ちを口にしていた司の過去は、今でも飲み会のネタにあがるほどに強烈だった。

本当に建築が大好きで、相模さんの才能とその人柄に惚れこんでいた司は、他に道はないのかというくらいに熱かった。

結局、相模さんからも司の才能に期待を持たれて希望通りの配属となった。

そして、その期待を裏切ることなく実績を積んでいる司は、いずれ『設計デザイン大賞』をとるだろうと言われている。

そんな司の将来は、このままいくと明るいものだとわかるけれど。

そんな司を、私の人生の転機に巻き込んでいいのかと、気持ちが重くなるのを止められずにいる。

司が好きで仕方がないという思いだけで、司の人生を後退させていいんだろうかと、ため息も出る。

しばらく報告書を読んでいると、私が講義した内容への感想も書かれているのに気付いた。

例年、スタッフ部門への感想は設計部に比べて極端に少なくて、今年もあまり期待はしていなかったけれど、今回はそれなりの数の感想が寄せられていた。


< 159 / 354 >

この作品をシェア

pagetop