女王様のため息


司の急用という言葉から『美香さん』という存在を切り離せなくて、夕べはなかなか眠れなかった。

急用の内容をちらりとでも聞いておけば良かったと何度も後悔したけれど、だからと言って自分から電話をかけたり、メールを送ったりするのもためらってしまって気づけば夜明け。

そのせいか、睡眠不足の今、頭の中はまだすっきりしていない。

そんな状態の私に気づいているのか、司は小さく笑って。

『大学の先輩が、不動産会社の営業してるんだよ。だから、とりあえず幾つか見てきた』

「……は?見たって、何を?」

明るい司の声は満足げで、ハミングでも出そうな勢い。

『真珠と一緒に暮らす部屋、見て回ってたんだよ。昨日あれから車飛ばして先輩の所に行って。
真珠が異動する支店まで1時間で、俺が本社に通うのも1時間半くらい。
ま、これなら許容範囲だろ?』

「え?部屋、引っ越し先を決めてたの?」

「いや、まだ決めてない。とりあえず幾つかの物件見せてもらっただけ。
気に入った部屋は押さえてもらってるから、真珠も一緒に見てどうするかを決めようと思ってるんだけど。これから迎えに行くから準備しておいて」

わくわくしている司の軽やかな気持ちが電波を通じても伝わってくる。

司の中では既に、私と一緒に暮らす事は決定事項になっていて、きっと結婚するというのも自然な流れだと思っているのかもしれない。

ううん、きっとそうだ。

私の異動の話になんの戸惑いも不安も見せず、その状況の中で二人が一番幸せになれる道を探してくれている司。

欲しいもの、求めるものには、とことん時間と気力を注ぎ込む。

相模さんの下で仕事をしたいと熱烈にアピールしていた新人時代を思い出して、あー、もう逃げられないかも、と小さく笑ってしまった。

司が自分の願いを実現させようとするパワーは誰にも止められないから。

司の近くに長くいた私には、今の司の明るい声に水を差すような言葉はかけられないし、私自身、司の気持ちが嬉しいから。

「私、対面キッチンは嫌なの。だから、一緒に見て、ちゃんと決めたい」

ふふっと笑った。

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