女王様のため息
元々かわいらしい顔だけれど、高校時代を思い出したのかふんわりと少女のような笑顔を見せる彼女は本当に愛らしい。

「今朝、研修部から異動と新居の件で連絡をもらったんですけど、司先輩はそれよりも早く私の席にやってきて、『結婚するんだ』って嬉しそうに教えてくれたんです。人事部で私が異動関係の事務手続きを担当している事を知っていたらしくて、あんなに顔の筋肉が緩んでる司先輩を見たの初めてです」

私をからかうような声に、どう答えていいんだろう。

思わず言葉を失ったまま、はははっと声にならない声で笑った。

まだ司との結婚は公にしないでいようかなと思っていたけれど、それは無理だと確信。

司があらゆる方面へ『ご連絡』という大義名分のもと、いそいそと報告しているに違いない。

社内でもその才能ゆえに名前が知られていて、女性からの人気も高い司との結婚にはそれなりに覚悟と根回しが必要だなと冷静に考えていた私なのに、司にはそんな思いは全くなかったに違いない。

私との結婚、その事実だけに喜びを感じて浮足立つ姿を容易に想像できて、小さくため息をついた。

どこかこそばゆい嬉しさと、これから私はどんな顔をして社内で過ごせばいいんだろうかという複雑な思いが入り混じる。

そんな、眉を寄せて考え込む私に、大村さんは。

「女王さまでも、ため息をつく事があるんですね……、あ、すみません」

彼女は、思わず呟いた自分の言葉に自分で慌てて焦って、何度も頭を下げている。

そんな様子もかわいらしい。

「いいよ。私みたいに気の強い女王様でも、ため息は日常茶飯事なんだから」

恐縮している大村さんに、声をかけて、私は再びため息をついた。

今頃、司は誰に結婚の報告をしているのやら。


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