女王様のため息


周囲を気にしながらひっそりと打ち合わせ室に入る大村さんの様子がおかしくて

「社外秘ってわけでもないんだし、そんなに気を遣わなくてもいいよ」

思わず笑いながら声をかけた。

「はい、そうなんですけど、やっぱりまだ公にはできない話題なので」

頭をぺこぺこと下げながら私の隣に座った大村さんは、机に資料を広げると

「異動と同時にご結婚もされるってお聞きしましたけど。
その手続きも一緒にした方がいいんですよね」

相変わらず小さな声で話し始めた。

「異動後の住居は、会社が用意しても本人が用意してもどちらでも大丈夫なので、既に見つけていらっしゃるのなら、後は決裁が下りるのを待つだけです。
資料はありますか?」

「あ、持ってきたよ。私の社員級で住める範囲の家賃だから大丈夫だと思うけど」

手元の資料を大村さんに渡すと、彼女はそれを一通り見て

「そうですね、きっと大丈夫だと思います。早いうちに決裁がおりるようにしておきますね。
それと、結婚の件ですが、本社にいる間に入籍を済ませていただければその後の手続きは私がやっておきます。
異動後なら、異動先で行う事になるんです。
ただでさえ異動や引っ越しで忙しくなると思うので、差支えなければ異動前に済ませておくのも手ですよ」

そう言って、いくつかの書類を私に差し出した。

「保健関係も変更しなければいけないので、結構面倒なんです。
こちらにいる間に手続きを済ませるのなら、異動までに全て完了させられるように私も協力します。
司先輩からもよろしくって言われてますので、任せて下さいね」

「へ?司……?」

大村さんの流れるような言葉に聞き入っていたけれど、最後に出た司の名前にはっとして声をあげた。

大村さんは、そんな私の驚きを予想していたのか、ふふっと小さく笑って。

「実は私、司先輩の高校の後輩なんですよ。
当時司先輩は男子バスケ部のキャプテンで、私はマネージャーだったんです。
高校を卒業して以来、OB会で会う程度だったんですけど、就職した会社で設計部のエースとして君臨している司先輩と再会して、びっくりしました」


< 234 / 354 >

この作品をシェア

pagetop