女王様のため息


    *   *   *


晩、司からの電話はひたすらの謝罪だった。

明日から現場に立ち会う司は、相模さんを含む何人かで前泊するホテルにチェックインしたばかりらしい。

着いた途端私に電話してくるところを見ると、かなり反省しているようだけど。

『ごめん、俺が真珠の事をのろけまくってたせいで、彼女達があんな行動を起こしてしまったんだよな。
たとえ本当の事でも結婚するのが楽しみだとか、結納の時に真珠が来ていたワンピースがかなり似合ってたとか、言うもんじゃないな』

電波の向こうから、大きなため息が聞こえてきて、私もつられて大きなため息。

「入籍したら人事に届けるし、結婚の事はすぐにばれるだろうけど司は社内でも名前が知られてるんだから。もう少し慎重になろうよ」

『名前が知られてるのかどうかは、もひとつ実感ないけどな。
まあ、結婚できる嬉しさを全開にするのはやめて、ほどほどにする』

「ほどほどって……」

『今までずっと手に入れたかった真珠が俺の嫁さんになるんだから、ほどほどぐらいはいいだろ?』

あっけらかんと言う司の声に、呆れてしまうけれど、そんな私の気持ちなんて意に介さず。

『俺は、ほんとに幸せなんだ。今こうして離れてるのもつらいくらい真珠が好きだから。どうしてもそれは顔にも言葉にも出るんだよなあ』

くすくすと笑う声は私をからかっているのか本気なのか、よくわからない。

それでも、相模さんに同行して現場に飛ぶ前に私の席まで来て

『現場に行きたくないって思ったの初めてだ。それくらい、真珠と離れるのがつらい』

と愚痴っていた。

その気持ちに嘘はないだろうし、照れくさいながらも私も嬉しかった。

ただ、その言葉を聞かされたのが、総務部の私の席だったっていうのが問題で。

言い捨てに近い感じで現場へと向かった司から取り残された私への部内の視線は半端なくからかいモードで。

無表情を装って仕事を続けるのも大変だった。

司のファンらしい女の子達からの襲撃と、司からの甘い言葉。

総務部の最大の関心事は株主総会を無事に終える事なのに、まるで私と司の今後に集中していて。

本当、居心地悪い。

普段仕事にはクールに向き合っている私なのに、何だか落ち着かなくて、これも恋愛の醍醐味なのかと、少しだけ……新鮮でわくわくした。


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