女王様のため息

今、目の前にいる人事部長も、私が退職する事を良しとせず、考えを変えるようにと説いてくれる。

たかだか入社5年目の私にはもったいない気持ちと言葉をかけてくれて、本当に申し訳ないとは思うけれど。

「いずれは私にもまた異動の話はくるでしょうし、その時に別居しなければならないとなれば困るので……」

「まあ、その可能性はあるな」

「はい。今なら異動に備えて引き継ぎの準備も整えてありますし、総務部の部長に聞いたんですけど私の後任も決まっていたという事なので退職するにはちょうどいいかと思うんです」

「うーん」

7月15日付で大きな組織変更が予定されている中で、私の後任の女性も既に水面下では決まっていて本人には伝えられていると聞いている。

私が今抱えている業務をその彼女と総務部内の人員に振り分けるための下準備もほぼ完了している今、退職するにはいい機会だと思う。

結局研修部への異動が見送られたとなれば、本社に残って引き継ぎ業務をしばらくする事への抵抗はないし、例えば年内いっぱい仕事を続けるだとかの妥協点を探るとなれば協力はしたい。

私自身、仕事が嫌いなわけではないから。

「私が総務部に残れば、新しく異動してくる女性の立場が曖昧なものにならないでしょうか?
彼女が今在籍する部署は、組織変更でなくなると聞いていますけど」

総務部の部長が言うには、後任として予定されている女性が今仕事をしている部署は7月でなくなるらしく、総務部への異動はその事も加味されての決定。

「総務部での新しい環境と仕事を楽しみにしていると思うので、そんな彼女に不安を与えるのもどうかと」

椅子に深く腰掛けて腕を組んでいる部長は、そんな私の言葉に小さく頷くと。

「それはそうなんだけど、それは会社にとってはどうでもいい事だ。
後任の彼女は、真珠さんが退職してもしなくても総務部には異動する。
そして、戦力として頑張ってもらうつもりだ。
彼女の立場や不安なんてものは、厳しい言い方をすればどうでもいい。
仕事は仕事なんだから、状況はどうであれ頑張ってもらうしかないんだ」

「……はあ」

特に厳しい口調ではないけれど、それでもその内容を拒む事は認めないとでも暗に伝えるかのような強さが感じられて、ほんの少しだけ緊張した。


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