女王様のため息


そして、いくつかの話し合いの後、私の年末の退職が決まった。

結婚というおめでたい理由ではあるし、研修部への異動に向けて後任も決められていた事が後押しとなった。

部長をはじめ、社内からは私が退職したいという気持ちを思いとどまらせようとする声が少なからずあったことはとても嬉しくて、この5年の私の仕事への評価かなと思えた。

もちろん楽しい事ばかりではなかったし、忙しくて体がつらい時もあった。

自分が思うように仕事がすすめられなくて涙を流した日だってあったけれど、今振り返ればいい思い出と言える自分は恵まれていたんだろう。

仕事にも人間関係にも深く悩む事なく、いわゆる『寿退職』を迎える事ができる私はOLの王道を歩んでいるのかも。

……などと考えつつ、年末までの半年を引き継ぎと社内外への挨拶まわりも含めて、最後の花道、『立つ鳥跡を濁さず』の気持ちで仕事を頑張っていた。

来年の『設計デザインコンクール』に作品を出品すると決めた司は相模さんのアドバイスをもらいながら、図面をひいて、模型を作って。

設計の知識が全くない私はただ傍観しているだけだけれど、初めて見るに近い司の必死な様子を見て、更に惚れてしまった。

日々残業している司がいる設計部に顔を出すと、途端に嬉しげに私に笑ってくれる司は、私が帰社する前に差し入れする近所の定食屋さんのおにぎりをほおばりながら生き生きと仕事に打ち込んでいた。

入社以来ここまで仕事を楽しそうにしている司の姿は新鮮で、そして、そんな司が本来の司なんだと気付かされた。

これまで、司が特に仕事に手を抜いていたわけではないけれど、何かを振り切ったかのように単純に仕事に向き合い、大賞を獲りたいという気持ちに素直になっている強さは無敵のようにも見えた。

『ずっと手に入れたかった真珠を俺のものにできて、その真珠を幸せにするために大賞を獲りたいんだ。相模さんの後継者と言われる事に躊躇しない実績を作れば、きっと会社でのポジションも俺自身が満足できるものになると思う。
そして、真珠との生活を守る為に、俺は頑張るから』

抱き合いながら眠るベッドの中で、司は力強くそう言ってくれた。

司に愛されて、ただでさえ息遣いが荒くなっている私の熱い体が、その言葉で更に熱を帯びたのは言うまでもない。

ほんの少しの照れもなく、真面目な声と瞳で呟く司に守られて、私にはもう司のいない未来は想像できなくなっていく。

骨の髄まで、と言えば大袈裟だけど、それほどに、司に取り込まれた私は幸せで幸せでたまらなかった。


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