桜空あかねの裏事情

そう呟くと、黒貂は悲しげな表情を見せる。
そして大袈裟なほど肩を落とし、片手を顔に当てながら背を向ける。


「私と戯れるより、子供を虐げる方が好きだとは、存じ上げませんでした」


その言葉に男は血相を変える。
そして部屋を去ろうとする黒貂を慌てて引き止めて、無理矢理自分の方を振り向かす。


「ち、違うよ!黒貂!僕にとって一番大切なのは君だよ!」


男の必死の弁明にも黒貂は悲しげな表情をしたまま、言葉を紡ぐ。


「ならば……私と共にお部屋へ参りましょう」

「もちろんだよ!今すぐ行こう!」

「はい……あっ」


黒貂は思い出したかのように声を漏らす。


「私、実は喉が渇いて」

「それなら僕が持ってくるよ!すぐ行くから先に部屋に戻ってて」

「はい」


男は黒貂が頷くのを確認すると、軽い足取りで部屋から去って行く。
それを確認すると、黒貂は素早く少年に駆け寄り、背中に優しく手を置いた。


「大丈夫でしたか?」

「ひっく……黒貂さまっ!」


少年はついに涙を零し、勢い良く抱き付く。
それを拒絶することなく、しっかりと受け止めて黒貂はただ優しく宥める。
少しの間そうしていると彼女はゆっくりと口を開いた。


「……何故ですか?」

「え?」


少年は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、黒貂を見上げる。


「貴方は私と違って外に出られるのに、どうして逃げなかったのですか?」

「ひっ、く……逃げたって、行くとこなんてないし……それに、黒貂さまを置いていけないし……っく」


少年のあまりに純粋な答えに、黒貂は一瞬目を丸くし優しく、そして悲しげに微笑んだ。


「優しいのですね。同時に愚かでもありますが。ですが、その心を……どうかこの先も忘れずに」


そう言いながら少年の溢れ出る涙を拭い、黒貂は立ち上がる。


「後で矢一を行かせます。傷は彼に見てもらうのが良いでしょう」

「黒貂さまっ」

「大丈夫ですよ。いつもの事ですから……」


優しく微笑むと、黒貂は部屋から去っていった。


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