桜空あかねの裏事情
ジョエルのように普段から部屋に籠り書類の山を整理したり、結祈のように朝から忙しく働いている姿を見た事がない所為なのか、あかねはアーネストが働いていると言っても想像しづらかった。
「私の仕事は依頼があればの話だからね。ジョエルのように、毎日働いてるわけではないよ」
「そうなんですか」
「うん。依頼が入らなければ、暇人だよ」
「でもそれって、大変じゃないですか?」
「さぁ…どうだろうね。少なくとも私は、生活に困った事はあまり無いかな。昔は藍猫も今ほど有名じゃなかったし、探索系統の異能者も多くはなかったからね」
アーネストは更に言葉を続ける。
「とは言え、無所属の成人異能者達は自分の能力だけを頼って生きていかなければならないから、他の異能者達より苦労することは多い。けれど、その分得られるものも多い。立場に縛られず様々な視点で世間を見る事が出来るのも、一つの醍醐味だと思うよ」
――アーネストさんのようにチームに所属しない人
――葛城さんのようにチームに所属したいのに出来ない人。
――異能者だって色々とあるんだ。
――なのに。
「私って、何だか世間知らずですね」
「…そうだね。で、あかね嬢はまだ若いから、これから知っていけばいい。今はリーデルの事だけ考えて。こればかりは、なりたくてなれるものじゃないから」
「……だからです」
不意の呟きに、目を丸くするアーネスト。
「どういう意味だい?」
「リーデルになるからこそ、今知っておかなければならないんじゃないかって。もしこのままリーデルになっても……」
――みんなの足を引っ張るだけなんじゃないだろうか。
捨てたはずの不安が、芽を出すように突き出る。
「私はどう言われても構わないけど、みんなが悪く言われるのはイヤです」
膝を抱えながら意思を伝えると、アーネストはそっと彼女の頭に手を置いてゆっくりと撫で始める。
その感触に少しだけ顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。
「あかね嬢は優しいね。大丈夫。君の心配するような事は起きたりしないさ」
「でも……もう1ヶ月経つのに知らないこと多いし、全然集められなくて。ただでさえ崖っぷちなのに」
「それは仕方ないよ。あかね嬢はつい最近、自分以外の異能者と関わりを持ったんだろう?知らない事が多いのは当然さ。けれどそれに甘えず、ジョエルに当てつけられた難解な書物でさえ、毎日欠かさず読んでいる」
「それはそうですけど……」
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