桜空あかねの裏事情
昶が思った事を口にすれば、ジョエルは更に愉しげに口元に笑みを浮かべ喉を鳴らした。
「クックッ……それは失礼した。幸い恋敵もいない事だ。健闘を祈る」
言いたい事だけ言って満足したのか、ジョエルは颯爽に階段を上がって行ってしまった。
「アイツっていつも上から目線な言い方なんだな。つかオレ的に、陰険そうな恋愛しかしてなさそうな感じ」
「陰険そうな恋愛って何?」
「んー……昼ドラ的な?」
「それ泥沼じゃん?そもそもジョエルって恋愛した事なさそ」
「あーそれもそうだな。ああいう言い方に太刀打ち出来るヤツじゃねーと、付き合ってもすぐ終わる気がする」
「でしょ。葛城さんはどう思いますか?」
「人のプライベートに首を突っ込むつもりはないが、まぁ……彼の友人に比べれば、無さそうだな」
さり気なくそう言い終えると、ふとこちらに近付いてくる足音が聞こえてくる。
振り返れば、そこにはやや小走りで駆け寄ってくる結祈の姿があった。
「皆さん、こちらにおいででしたか」
「どうしたの?」
「大した事ではないのですが、丁度お菓子が焼き上がりましたので、皆さんでお茶会をと思いまして」
「手作りお菓子ってことは……クッキーとかか!」
「ええ。今日はお客様もいらっしゃっるとのことでしたので、普段より多めに作らせて頂きました。チーズケーキもありますよ」
「まじか!食う!絶対食う!結祈の作るもんは美味いし!」
「そう言って頂けると、嬉しい限りです。あかね様はどう致しますか?」
「うーん。みんなと違って、朝食食べたばっかりだからなぁ。少しキツいかも」
「それでしたら、果物を御用意致しましょうか。今朝、配達で届いたさくらんぼと苺がありますから」
「ラッキー!じゃあお願い!」
「承知しました」
「葛城さんも一緒に行きましょ!」
あかねに腕を掴まれ、驚いた顔をする駿。
「俺もなのか?」
「はい。お茶会はオルディネの習慣ですよ?もしかして予定があるんですか?」
「特に予定はないが……」
言いかけて黙り込んだ駿に、何かいけない理由が他にあるのかとあかねが見つめれば、彼は思わず目を逸らす。
「ならいいじゃないっすか!」
渋る背中を軽く叩きながら昶は陽気に言う。
「だがまだ手続きが……」
「それはオレも同じだからへーきへーき!ささ、行きまっしょい!」
「お、おい!押すな!」
駿の背中を無理矢理押して歩き始める。
その様子を見ながら歩き出すと、隣にいた結祈が口を開いた。
「葛城様……と、仰いましたか。とても真面目な方なのですね」
「そうみたい。でもきっと優しい人だよ」
「ええ。あかねが言うならそうなのでしょう」
そう言いながら、結祈は先を歩く駿と昶に視線を移す。
「全く……君はあまり人の話を聞かないんだな」
「そんな事ないですよ。ちなみに俺は香住昶です!昶って呼んで下さい!これからよろしくお願いします!葛城センパイ!」
「あぁ……よろしく」
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