桜空あかねの裏事情
捻くれた意地の悪い弟を思い浮かべながら、あかねはそう呟く。
「…あの子は?」
「いるよ。この時間帯ならキッチンにいるんじゃない」
「キッチン?」
「料理が得意らしいよ。よく作ってくれるんだ。たまに楓と一緒にお菓子とかも作ったりするんだって」
「そうなんだ」
頭の片隅から消えることの無かった存在に触れてみれば、気が沈むような感覚はあるものの、以前より軽い。
そして不思議なことに妹達との関係が良好であることを聞き、安堵すら覚えていた。
「珍しいね」
「何が?」
「気に掛けるなんて。あかねって彼女のこと好きじゃないから」
「そうだね。この前来たときも、言い合いになっちゃったし」
兄の言葉に、館に槐がやって来た時の事を思い出す。
話していく内に自分の感情を抑えることが出来ず、言うはずも無かった事を吐露した挙げ句、彼女を傷付けてしまった。
「でも嫌いってわけじゃないんだ……多分」
何とも言えない曖昧な表情のままそう呟く。
その様子を蓮はじっと見つめて、口を開いた。
「……嫌いじゃないなら、どう思ってるの?」
「さぁ……自分でもよく分からない。でもだからこそ、確かめにきたんだ」
槐が館に尋ねてきてからの間、彼女のことが頭に過ぎっても考えることはなかった。
紅晶や泰牙をはじめとする様々な事もあって、考える機会がなかったのも事実だが、あかね自身考えたくなかったのもまた事実で、いっそのこと互いに干渉せずにいられればいいと思ったりもしていた。
だが今日に限って、頭の片隅にしかいなかったはずの彼女の存在が肥大化した。
それは支配されるかのような感覚で、自分ではどうする事も出来なかった。
一時的なものだと、ほとぼりが冷めるまで放っておくことも考えたが、今日はリーデルとして認められるか否か、最終決断が下されるというあかねにとっても大切な日。
こんなくすぶった感情を抱えたまま、彼らの出した答えを受け入れることなどしたくなかったのだ。
例えその結果がどのようなものであったとしても、どうしても気持ちの整理したかった。
所謂けじめというものだろうか。
自分にそんな堅い部分があったとは知らず、あかねは内心驚きつつもそう決意していた。
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