桜空あかねの裏事情
瀬々と別れ、あかねは館への道を一人歩いていく。
普段から慣れ親しんだ道のはずなのに、何故か足取りが重い。
理由は分かっている。
それでも今更逃げるわけにはいかないし、逃げるつもりもない。
決意と不安が渦巻く中、それでも歩き続ければ、黎明館へと辿り着いた。
戸松の中心街から大して遠くない距離のはずだが、あかねには随分と長く感じた。
ふと館を見上げる。
初めて見た時は旧寮と勘違いしたのもあってか、その大きさと造りに驚いたものだと思い出す。
館を一通り眺め、そのまま真っ直ぐ玄関まで歩いていくと、そのまま扉を開けた。
「ただいま………あ」
館に入った途端、思わず声を漏らす。
「遅かったな。どこに行っていた」
やや茫然としながらこちらを見るあかねを一瞥しながら、ジョエルは口を開いた。
声を掛けられたあの日と何ら変わりのない黒に身を包み、有無を言わせない威圧感。そしてサングラス越しに交わる視線。
かつては不快感そのものでしかなかったものは、今はもう慣れ親しんだものであると感じた。
「家に帰ってたの。自分なりに心の整理をしようと思って」
「ほう……お嬢さんにしては珍しい。その心の整理とやらは上手くいったか?」
「うん。と言っても、思っている事をただ伝えただけだけど……私の心は、不思議と落ち着いたわ」
そう言ってあかねは瞼を閉じ、オルディネに来てから今日までの出来事を振り返る。
ジョエルに声を掛けられたのを始まりに、まるで世界ごと変わってしまったかのような環境。
多くの人と出会って、数え切れないほど沢山の事があった。
その全てが今も鮮明に残っている。
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