わたしの魔法使い
「ご…ゴン太さん?……誰もいないから……」

私の声を振りきるように、ゴン太は走り続ける。

ただまっすぐ。前だけを向いて。


こんなゴン太、久しぶりに見た。

歩く足取りはしっかりしていても、こんなに走ったのは久しぶりだ。

なにも知らない子犬の頃のように、ただ前だけを見て走る。




「おじいちゃんなのにー!」




私を引きずるように走ったゴン太は、やっと足を止めた。

「おじいちゃん」発言が気に入らなかったのか?

いやいや、10才と言えば、立派なおじいちゃんでしょ。犬にとっては。

その「おじいちゃん」ゴン太が立ち止まったのは、入り口近くのベンチ。

いつもなら、近くのおじいちゃんたちのおしゃべり場となってるベンチも、さすがの雨で誰もいない。



…ん?…


雨…だよね?


誰もいな…い……?




「――っ!」



いたー!



膝を抱えるように背中を丸めた人が。


な…何?


この人はいったい何をしてるんだろう?

こんな雨の日に、公園のベンチで…。



と…とりあえず


「ゴン太、行こう?」


ゴン太のリードを引っ張ってみる。

だけど、ゴン太は丸まった人の前から動こうとしない。

いつものゴン太なら、さっさと歩き出すのに。

何があっても気にしない、マイペースな犬なのに。

丸まった人の前から動こうとしない。

それどころか

「ワンッ!」

って呼び掛けてる。


「ゴ……ゴン太……?」

もう何も目に入らないのか、私の声も聞こえないのか、その場から動こうとしない。

ただジッと丸まった人を見上げてる。



……動いた?

丸まった人が、ゆっくりと顔をあげた。

雨に濡れたその人は、綺麗な茶色の髪と、茶色の目をしていた。

その目がゆっくりと私を見上げる。

「やっと見つけた……」

ゆっくりと微笑みかける目がとても綺麗で、私は目を離すことができない。


……ん?

…見つけた……?

今、「見つけた」って言った?

私の頭の中はフル回転。

見つけたってことは、私を探してた?

でも私、こんな綺麗な目をした知り合い、いない。

というより、この町に知り合いなんていない。

それなのに、「見つけた」ってなにー?


頭がフル回転で、かなりパニックになっている私をよそに、ゴン太は嬉しそうにその人を見上げている。

ゴン太の知り合い?

でも!ゴン太は犬で、家の中でいつも一緒だから、ゴン太だけが知っているってこともないし。

訳がわからない。

なんで「見つけた」なの?



私のパニックを楽しむように、その綺麗な目をした人は続けた。

「里村朱里さん。君を探していたんだ。」
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