わたしの魔法使い
「里村朱里さん。君を探していたんだ。」

そう。

僕は君を探していた。

写真でしか知らない、背中まである黒い髪と、柔らかな笑顔。

それと、「里村朱里」という名前しか知らない。

それでも僕は、君を探していたんだ。




あれは1ヶ月前。

僕は勤めている出版社の会議室に呼ばれた。

「室長が呼んでるけど、何かした?」

呼んでいることを教えに来てくれたデスクの女の子は、心配そうな顔で僕を見ていた。


「なにもしてないと思うけど……」


呼び出された理由が、僕にもわからない。

出版社勤務っていったって、僕は総務。

僕を呼び出した「室長」とは関係のない部署。

本当は室長がいる部署に配属されたかった。


「室長」。僕の会社では、編集長をそう呼ぶ。

雑誌毎に室長がいて、書籍編集の室長もいる。

ちなみに、出版部の長を「部長」と呼ぶ。

その室長が僕を呼んでる。


「何だろう?」


も…もしかして!編集部に配属?


室長直々にスカウト?

僕の頭の中は、ピンクの桜で満開になった。

室長が呼んでる。

その事は僕を春のお花畑へ誘う。


「あ…どの室長か聞くの忘れた。」

たぶん教えてくれたんだろうけど、脳内お花畑の僕が聞いてなかったんだろう。

「まあ、会議室に行けばわかるし」


デスクに引っ掛けていたジャケットを羽織ると、僕は会議室へ急いだ。



室長が呼ぶ会議室は、僕のいる総務部から直線で10メートル。

その距離を、脳内お花畑の僕は笑って歩いた。

そりやぁ気持ち悪いほど、ヘラヘラと。たぶんスキップまでしちゃってたかも知れない。

それほど嬉しい。



でも!

室長と会うのに、ヘラヘラしてられない。

僕は気合いを入れるために、頬を数回叩いた。




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