わたしの魔法使い
トン トン


ドアをノックして開ける。


「失礼します。総務の中埜です。」


一礼して顔をあげると、そこには書籍部の室長と初老の男性がいた。



あー、書籍部の田中室長が呼んでたんだ。じゃあ、書籍部に移動?



……ん?

このおじいちゃん、どっかで……


書籍部の室長は知ってる。
社内でも有名だから。いろんな意味で。

でも、このおじいちゃんは…誰だっけ?



僕のそんな疑問が顔に出たのか、室長は少しだけ厳しい顔を見せた。


「中埜君。急に呼び出してすまん。とりあえず、そこに座って。」

室長は僕に椅子を進めると、厳しい顔を緩めた。


「中埜君。君は入社何年目だ?」

「3年になります。」

室長はおじいちゃんと軽くうなずき合うと、僕に1枚の写真を差し出した。


写真には、背中まである長い黒髪をした女子高生が写っていた。


ふんわりとした優しい笑顔。黒目がちな大きな瞳が笑いかける。

僕は彼女を知っている。

この会社に入る前、大学生の頃。思い出すのも辛い、最低な日々の中で、たった一瞬だけ放った光。


「彼女の名前は里村朱里(さとむらあかり)。わが社専属の作家だ。ペンネームは千雪だ。」

「え……ち……千雪……ですか……?えー!」

僕は思わず叫んでしまった。

千雪。この出版社に勤めるものなら誰でも知ってる。我が出版社最年少作家。

それだけでない。誰一人、彼女の顔を知らない。担当編集者さえ。

彼女を知っているのは、目の前にいる田中室長とほんの一握りの役員だけ。

その写真が本物かはわからない。誰も知らないから。
田中室長は続ける。


「彼女は、行方不明になっているんだ。理由はわからない。ただ、いなくなる少し前から書けなくはなっていたんだ。…それと……」

室長は少し言い難そうに俯いた。

「…それとな、よく怪我をするようになっていた。…大きな怪我じゃない。叩かれたような…殴られたようなアザができていたんだ。」


「殴られたアザ……ですか……?」

「そうだ。その原因は、たぶん父親だ。」


「父親……」


その言葉の意味を、僕の頭はフル回転で考える。

父親…

アザ…



――!暴力!反対!

じゃなくて!


脳内お花畑が一瞬にして暗黒の世界。





そんな僕に、室長は話続けた。

< 9 / 303 >

この作品をシェア

pagetop