マスカケ線に願いを

「今日は車じゃないから、思う存分飲めるな」

 ユズが私の耳元でそう言う。今日は飲むということで、タクシーで来たのだ。

「そうだね」

 カウンターに座った私達の後ろのテーブルで、沙理菜が平謝りしているけれど、私はそれを見て肩をすくめて終わり。

「杏奈の友達、よっぽど杏奈に男紹介したかったんだな」
「私のというより、自分のだと思うけどな」

 私の言葉に微笑んだユズは、バーテンダーに何か耳打ちをした。ちょっと目を見張ったバーテンダーは、笑顔で一礼した。
 そしてしばらくして出てきたのは、赤い色をしたカクテルだった。

「シンガポールスリング。綺麗だろ」

 種類の違うお酒が段になっていて、綺麗なグラデーションを作り上げている。

「本当……綺麗」
「杏奈の方が綺麗だよ、とか臭い台詞は使わないから安心してくれ」

 ユズの言葉に笑いながら、私はカクテルに口をつけた。甘みがあって、本当に美味しい。

「シンガーポールの夕焼けを表現してるんだと。他のお店とかだと、綺麗なグラデーションが作れないところもあるんだけど……いい腕してる」
「ありがとうございます」

 ユズの賞賛に、バーテンダーは丁寧に頭を下げた。

「前の彼女とかにも、奢ったの?」

 私の言葉に、ユズはちょっと驚いたように目を見張った。

「何?」
「杏奈、普通そんなことけろっと聞かないだろ」

 私は首をかしげた。

「ユズ、いい年なんだから、今まで彼女がいたっておかしくないじゃない」

 ユズは少しむっとする。
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