マスカケ線に願いを

「なんですか、いきなり」

 蓬弁護士は子供のように、にっこり笑う。

「大河原って、呼びにくい」

 その素晴らしい理由に私は天を仰いだ。
 六法全書に書いてある難しい言葉を読み解いてしまう人が、「おおかわら」が呼びにくいなどとは、馬鹿げた言い分にもほどがある。

「……いいですけど、別に」

 理由は馬鹿げていたけれど、なんと呼ばれようと関係ないから、私はそれを受け入れた。それにそこまで嫌な気はしない。
 蓬弁護士はにこっと笑って、続けた。

「俺のこともユズでいいから」

 私は真顔で蓬弁護士を見返す。

「十も年上の方をそういうふうには呼べません」
「蓬弁護士ってのも、呼びにくいだろ?」

 確かに呼びにくいかもしれないけれど、馴れ馴れしくユズって呼ぶのも気が引ける。そういえば、久島弁護士もユズって呼んでいたっけ。

 私が返答に困っていると、蓬弁護士はにやりと口元に笑みを浮かべた。

「ユズって呼ばなかったら、ストーカーするぞ」
「だから、その脅しはやめてください。怖いですから」
「それじゃあ、ユズって呼べよ」

 本当に、この人は……。

 強引なのに、引き際を知っているからたちが悪い。
 だけど、この強引さが、何故か嬉しかった。
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