マスカケ線に願いを
「ま、待って。明日は仕事……」
「んな、つれないこと言うなよ。俺ずっと頑張ったんだから」
たっぷりと色気を含んだ声に当てられて、私はくらくらしてしまう。
「だから、続きは向こうで。な?」
ライオンとその彼女がいなくなったとたん発情するだなんて、本当に困った人。
「長いことお預けだったんだから、いいだろ?」
「……うん」
だけどもっと困るのは、こうやって愛しいユズに流されてしまう自分自身かもしれなかった。
私にあてがわれた部屋のキャビネットから、昨日移したばかりのスーツを取り出す。これを着るのは、一週間ぶりだ。
「杏奈、遅れるぞ」
シャツのボタンを留めながら、部屋の外から私を伺うユズの顔は笑っていた。きっと感傷に浸っている私をからかいたかったに違いない。
「遅れたらユズのせいにするね」
「おいおい」
私が言い返すと、ユズが苦笑した。
私の部屋に運び込まれているのは、あの狭いベッドと私の荷物。部屋があることはいいことだけど、夜はユズの部屋で眠ることになりそうだ。
私はそんなことを考えながらスーツに袖を通した。それを見たユズが眼を細める。
「ほら、ユズも私見てないで用意しなよ」
「ん、わかった」