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「陣、私、そろそろ帰らなきゃ」
「ん、送ってく」
「ううん。一人で帰る。ちょっと寄るところあるから」

 陣の申し出にも、私は首を横に振った。

「そっか。気をつけて」
「ばいばい、陣」
「ん、ばいばい」

 私はじっと陣を見た。

「?」

 私はそっと陣の顔を捕まえて、キスをした。
 それに陣は、照れたように笑った。

「何、突然?」
「ううん、陣が寂しくないように」

 本当は、自分が寂しくないように。

「あはは、ありがとう」
「それじゃ、元気でね」

 それが、私達の最後のやり取りだった。


 翌日、私のアパートの部屋は空っぽになった。
 携帯の番号とアドレスはもう、変えた。
 思い出がたくさんつまった部屋も、空っぽになると――思い出まで空っぽになったような気がした。

 昨日は、たくさん泣いた。
 泣きすぎて、今目がはれている。
 涙が枯れてしまったと思ったのに、今またあふれてくる。

「大丈夫ですか?」

 引越し屋さんのお兄さんが泣き出した私に声をかけるけど、私は首を振るだけで応えた。
 いざとなると、本当に怖い。
 今すぐ陣のところに行って、抱きしめてもらいたくなる。

「佐川さん、忘れ物はありませんか?」
「……はい、すみません。今乗ります」

 私は、業者さんの用意した車に乗り込んだ。
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