絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「はい……。けど、あれから1カ月くらい経つけど、自分の中ではまだ信じられない、というか」
 そう、あれから実はセックスを一度もしていない。というか、ろくに会えてもいない。
 そもそも、今日が休みならば、昨日連絡してくれれば、昨日の夜から会えたのに……。
「私は社長についてきて、裏切られたことは一度もありません。
 信じても、裏切られるようなことは、ないと思いますよ」
こちらの気持ちが見えたように、風間は、堂々とまっすぐな視線を送ってくる。
「……裏切りたい時も、裏切らせてくれそうですよね……逆に」
「考えすぎです」
 風間は、笑う。
「パフェ、進んでませんね。温かいコーヒーでも頼み直しましょうか?」
「いえっ」
 香月は慌てて遮った。
「温かい飲み物があまり好きじゃないし、コーヒーも好きではありませんから。大丈夫、美味しいからゆっくり食べてるだけです」
「ああ、それは失礼しました」
 風間は温かい。それはやはり、家族の温かみから出る、温かさだろうか。
「……風間さん、結婚して後悔したことってあります?」
「ありません」
 その即答に香月は驚いた。
「ないんですか……。私、前、上司と付き合ってました。巽さんと付き合う前です。その上司に結婚したいって言われたけど、そんな気になれなくて、結局別れました。けど、最近になって、周りが結婚し始めると、あの時結婚しておけばよかったのかなって、時々……思います」 
 口に出して確信してみると、恐ろしいことに聞こえる。
「若いうちは後悔の連続ですよ」
 風間はわざとかどうなのか、期待外れのことを、当たり障りなく言う。
「心底好きになった人と結婚すれば、どんな逆境でも耐えられる、そんな気がしますよ」
 香月は少し顔を歪めて、
「風間さんもそうなんですか?」
 失礼を招致で聞いた。
「いえうちは、平凡続きで……逆境も何もない、平和な結婚ですが」
 その苦笑いが、香月を苦笑させた。店内の温度でアイスクリームが溶けはじめたため、パフェを食べるスピードをあげたと同時に風間の携帯が鳴り、それから風間がいない間、香月はただパフェを食べ続けた。 
風間のコーヒー代は結局、自分が出すつもりでいたのにえらく紳士ぶられて
「女性にお金を払ってもらうことなどできません」
と微笑された。
「ありがとうございます。でも、奥さんが聞いたら怒りますよ、そのセリフ」
と言うと、さすがに相手は苦笑した。
 風間は普通のお父さんであった。たぶんこれから家に帰って、パートで疲れた嫁と学校から帰ってきた息子と一緒に外食でもするのか、それとも予想外の手料理でも披露するのか……とにかくその手の家族サービスが目に見えた。
 最初に見た、銃を握った男とは想像もつかない。
風間はただの親であるような気がした。

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