絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「……でも、もし年をとって」
 口調が変わったことに気づいたのか、巽は、こちらをまた違う目で見た。
「仕事もあんまりできなくなるじゃん。年とったら。長い年月が経ったら。そうなったら、結婚してもいいかもしれないって思うかもしれないよね?」
「……いつの話だ……」
 みけんに皺をよせながら、苦笑した。
「20年」
 香月は思いつきで口走る。
「20年したら……私47。あなたは、59。その時になって、まだ今の関係が続いていたら、結婚しよう?」
「……そんな先の約束はできん」
「約束じゃなくてもいいよ、目標?」
「……くだらん……」
 言いながら、巽は頬から手を離した。
「そんなことないよ! そんなことない……。私は、やっぱり、あなたが他の女の人と一緒に食事するのとか、歩くのとか、抱くところとか……そんなの嫌だから。だから……」
 そう、やっぱり、今すぐ別れることなんてできないから。少しでも安心できる材料がほしい。
 香月の涙に気づいた巽は神妙な顔つきでこちらを見つめた。
「だから……」
 後が続かなくなった。俯いた香月の頭を、巽はようやく優しく撫でる。
「だから?」
 喉が痛くて言葉が出ない。香月はただ、真っ白いバスロープを思い切り、掴んだ。
「お前とのことは、いつも慎重に考えている。ただその出した答えに自信がない時もあるがな……」
「…………意外。適当っぽいのに」
 鼻声でも、反論してやる。
「お前ほどじゃないさ」
 ゆっくり、背中を撫でてくれて、重い瞼のせいで、一気に眠気に襲われる。
「ねえ、……婚姻届出さないから、書いとくだけとかダメ……?」
「その時書けばいいだろうが」
「そうだけどさ……」
 巽は揺らがない。
「けど、ありがとう、話してくれて。
 あと、私、とっくにあなたにのめり込んでるから、今更言われても、遅いと思うのよね」
 巽はさも、可笑しそうに笑う。
「あなたは、若いころから今まで、ずーっと女の人を弄んできたんだと思ってた。附和さんみたいに。ポイ捨て的な。けどなんか、恨まれない、みたいな。違ったんだね……」
「違わないこともないが」
「えー!? 違わないなら、黙っててよ!」
 香月は身体を起こした。
「(笑)、いや。お前が想像するよりは、遥かにまともな恋愛をしてきた自信はあるぞ。機嫌が悪くてふくれて出ていくこともなければ、セックスが嫌だとごねることもない」
「えっ、私の何がいけないの? もっと遠慮して、更にエッチしろってこと?」
「そうではないが」
「じゃあなんなのよ?」
「いや……。とにかく、そんな風に俺に口をきいたのは、お前くらいだな」
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