絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

先に子供を作ろうか

「え――、昨日帰って来たのー!?」
 巽のおかげでディナーというものに少し慣れる、とは大げさかもしれないが、行くことができるようになった香月は、それでも、しつけに厳しい兄の前での久しぶりのテーブルマナーにそこそこ緊張していた。
 それぞれの料理のメインであるラム肉や、白身魚もテーブルに並んで付け合せのエビや色ピーマンで色鮮やかになり、ここぞというタイミングなのに、いきなり大声で驚いてしまう。
「声が大きい」
 顔を顰めてやはり制したのは、夏生(なつお)。
「ごめんごめん」
 ここは、香月の兄、夏生が経営するショッピングモールの中に入っている高級レストラン。経営者であり、更にオーナーでもある彼は、ピシっとスーツでキメ、それはそれは堂々と、且つ、隅々までチェックするように現在食事を待っている。
 その隣には、こちらもノーネクタイで少しラフにキメた無口な弟正美(まさみ)。丸いテーブルなので、3人掛けても、皆同じ距離で話ができ、しかもしっかり顔色を伺える。
「知らなかった……、でも何で先に電話してくれないの? 急にごはん行こうって言ったって、今日も本当は作ってたんだから!」
「突然妹の家に行って、何が悪い」
「いや、悪くはないけど。だってもしいなかったら無駄足になるし」
「……ただ、あの男が何者かは気になるが」
「どの?」
「一人じゃないのか!!」
 兄は、愕然とした表情を大袈裟に作る。しかし、そういうリアクションが単に好きなのだ。
「3人暮らしだよ。だから安全」
「信じられない神経だ……」
 目を見開いてじろじろこちらを見ているが、そのわりに、特にショックを受けていないのが、いつもの兄だ。オーバーリアクションが得意なだけなのである。
「一人は会社の副社長の息子で、一人は……まあ、若干おかまっぽいというか」
 笑いながら答えるが、兄は
「おかまったって、元は男だぞ!?」
 テーブルに拳をダンっと乗せて、またリアクションをしてみせる。
「まあ、男は男なんだけど、女に興味ない、というか」
 そんな話一度もしたことはないけど。
「はああああ……、馬鹿げてる」
 夏生は額に手をやり、頭をもたげて大きく溜息をついた。
「別に、馬鹿げてないよ」
「海外が長いとすぐこれだ……」
「全然関係ないし」
 香月は、弟正美と同時に声に出した。
「(笑)、正美も良かったの? 出張。正美はパプアニューギニアだっけ? 天国の国?」
「うん。で、昨日から兄さんと同じマンションに住んでる」
「え―、うそぉ。何で?」
「ただにしてやるっていうから」
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