絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

愛さなくていいから

 20歳で結婚をして、23歳で離婚した時と今の自分は全く違う。
 今はミュージシャンという表現者として確実に成功して、莫大な金を稼いで会社を設立し、豪邸を建てて、歩けば注目される存在。一般人ではない、有名人という人間。
 そんな自分に相応しい女。数を重ねる度に、手元から離れていく女達。それが幾人もいた結果、自分の理想は序所に高くなり、そして現在に至っていた。
 とりあえず、容姿はある程度は必要であるがそれは、きっと二の次。
 それよりも、知識、教養、マナー、礼儀作法、話し方……人間の基本となる部分が確立していて、なおかつ、しとやか。それが第一。
 嫌な雰囲気を漂わせない心遣いに、口ぶり。所謂、大人の女。
 そんな女はどこかにはきっといる。だけど、まだ巡りあっていないだけで……。
 そう思っていた。そう思いながら、30代を過ぎてきたので、既に5年以上はそう思っていたと思う。
 なのにある日突然出会った彼女。
 神がかりとしかいいようがない、その美貌。
 透明感のある柔らかそうな、もちろん白い肌。栗色の長いまっすぐの髪の毛。大きな瞳はくるりと丸く、長い睫毛は漆黒。鼻筋が通ったその下にある、薄い赤い唇。
 漂う雰囲気がまるで今までの人間とは異なっていた。メスとは違い、女とも違う。なんとも表現しがたいそれは、女神と呼ぶのに相応しい、そんな気がした。
 そんな彼女は何の悪びれた様子もない、ただの女神であった。
 話す言葉の一つ一つが、他の誰と同じものであっても、全く別物に聞こえる。
「私、英語が喋れないの」
 なら、教えてやろうと思う。
 彼女から放たれた何か。オーラか、匂いか、はたまた全く別のものかは分からないが、とにかくそれに、まるで催眠術をかけられたかのように、戸惑い、吸い寄せられる。
 それが香月愛。香月愛という女の存在なのだ。
 生まれて初めて、狂ったように追い求めた。
 寝ても覚めても、同じ家にいる彼女のことが気になって、気になって仕方ない。
 何度も何度も
「好きだよ」
と、言う。
 何度も、何度も
「俺の物になれ……」
と、迫る。
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