絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 それほどのことでもないだろう。
 附和は完全プライベートという井出だちで、面白そうにこちらを見た。
「こんばんは……」
 これくらいしか言葉は見つからない。
「外からちらっと顔が見えたんだ。今は巽が香港だから、一人で時間潰し?」
 完全な図星で、視線がさまよってしまう。
「別に……」
 しかし、一人雑誌片手にこんなところでジュースを飲んでいれば、完全な時間潰しには間違いない。
「素っ気無いなあ。何? もう巽とは終わったの?」
「そんなんじゃありません」
 酔っているのかこいつは!? と簡単に思えるほどの軽いノリだったが、多分きっと、自分の素性がばれたことで、いつも通りの気軽さで話をしているのだろうとなんとなく想像がつく。
「巽の新しい恋人のこととか、気にならない?」
 また同じ話題でからかいに来たのかと、うんざりした表情を隠さずに顔を上げた。
「気になりません。またそんな嘘の話ですか?」
「嘘って(笑)。僕基本的に嘘つかないんだけどなあ」
「あの人の恋人は私だけです」
 はっきりと堂々と放った。のはいいが、自らで赤面してしまう。
「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
 附和は苦笑しながら言ったが、香月はそれを完全に無視。
「ま、いい男には、いい女がつきものだよ。ってよく言われる」
 あーそーですか。
「もしかして、ほんとに暇で相手を探してるなら、飲みに行かない?」
 結局ナンパしに来たのか、この人は。
「私はぜんぜん暇じゃないし、相手も探してません。この後友達と食事に行くんです」
「ふーん、じゃあまた今度誘うよ」
 今度なんかあるはずがない。
「ね?」
 と、目を見て言われても、
「……そうですか」
 の一言しか出て来ない。
「じゃあまたね」
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